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私は理科系だったが、アメリカの文科系(Humanity)の学科では、社会コントロール学のような、人心コントロールもしくは、社会エンジニアリング(社会工学)などといった、「本物」の「現実」の学問を、研究する学部があった。

たとえばだが、いきなり奇妙な話になってしまうが、アメリカでは、エイズ関連のニュースを多く流したときと、そうでないときに、出生率が異なる、という研究があるそうだ。それなので、それを利用して、人口増加を、抑えようとする。という具合に、実際に行われているらしい事柄について、学ぶそうだ。

これは、一歩間違えなくても、大変危険な帝王学というか、リーダー学のようなものだ。

しかし、平和的なケースとして、こういうのもある。150年ほど前、イギリス北部のスコットランドで、やたらと、町で大騒ぎしたり、暴力をふるう、学生が多いので、なんとかしないといけないと考えた、学校の先生だったか、牧師が、彼らに、ラグビーをやらせれば、その、若さゆえの、エネルギーを消耗して、そういった物騒な行動が減るのではないか?と考え、実際に、それを行った。

その結果、効果覿面で、それ以降、大学近くの商店街などの人は、学生の暴力におびえることが少なくなったそうだ。ちなみに、このラグビーが、イギリスのラグビーの発祥だったかなんだか、そういうテレビがあったような。。

とにかく、そういう、いわば、「知恵」によって、人間をコントロールする 学問。といえる。

第二次大戦の後、アメリカ軍の情報将校は、どうやったら、日本人が、二度と戦争をしないように、「仕向けることができるか」という点で、同じように、試行錯誤を行い、その際、使われたテキスト(教科書)は、降伏した日本兵のインタビューから、日本人的な、本質とは何か、というレポート「菊と刀」であり、日本人は、恥を最も恐れるので、恥、という視点で、戦争を、描きなおし、戦争を恥ずかしいことだった、と思わせることができれば、きっと、二度と戦争をしなくなる、と、考えたようだ。

もちろん、この作戦は、100%以上、大成功している。もっとも、あまりにもアメリカ軍の爆撃や殺戮が異常だったので、みな、戦争など、二度としたくないと、言われなくても思っていたというのが真相だと思うが、

少なくとも、学問的、、な意味では、いかにして、日本を、社会的にエンジニアリングする(操作する)という意味では、少なくとも、参考になりうるケースとも思える。

アメリカ大陸における、原住民対策とか、黒人対策などでも、こういう「なんかいいアイディアないでしょうか?」という苦情や相談が、いわば、町の賢者のような人が、どうすればいいか、などと話し合いながら、最終的に、恐ろしい決断がくだされた。

アルゼンチンでも、アメリカでも、先住民が主食としていた食べ物を、絶滅させることによって、同時に、先住民を滅亡させる、という、「政治的方針」を打ち出して、「実行した」。

結果として、本当にそうなってしまった。彼らは、こういうことを考える恐ろしさを持ち合わせている。

よくも、動物愛護とか、動物の権利などと、偽善者をやってられるものだと感心するほかない。

ちなみに彼らであれば↑このような、ホントのことをいう人を、どうやって消すか、という学問でさえやりかねないと私は真剣に思う。

あるアメリカ人が書いた本では、60年代に、黒人があまりにも派手に人権運動をやったので、その見せしめとして、黒人街に、麻薬を撒き散らし、彼らが運動を起こすような気にならないように、廃人にしてしまおうとした、とされている。

しかし、結果として、黒人は、そういうことをされて、逆に白人を襲うようになった。前は、逆はあっても、白人が襲われるというのは、なかったそうだ。

ちなみに、有名なのは、初代FBI長官フーバーが、アメリカのマフィアや、KKRなどの人種差別組織を、どうやって、崩壊に至らせたか、というような物語で、内輪もめをさせるとか、一人づつ、買収するとか、こっちの人間を、潜入させて、かく乱するとか、色々なことをやっており、結果として、これらの組織は、内輪もめが頻繁になり、自ら崩壊したそうだ。

さて、当然のことながら、アメリカ人に適応された、このような学問は、海外においての、情報活動などにおいても、きっと、使われたに違いなく、今でも使われていることは、ほとんど100%間違いなさそうだと思えるが、

たとえば、日本、韓国、中国などが、教科書問題であるとか、靖国問題であるとか、慰安婦問題であるとか、そういうことで、分裂するとき、そこには、それぞれの国を、別々に応援して、その気にさせているような、工作部隊がいてもおかしくない。

私のアメリカ人の友人が、モルモン教徒が嫌いだという人がいた。彼に言わせると、彼らは偽善者だということだった。日本でも、外人タレントで、モルモン教徒が結構いて、それほど悪い人たちには見えなかった。

しかし、別の人が、面白いことを教えてくれた。その人は日本通で、日本のモルモン教徒についてもよく知っており、さらに、韓国や、台湾、香港にいる、モルモン教徒も、まるで日本でやっているような、同じようなことをやっている、と、つまり、彼らは、なんというか、仮に彼らにおだてられても、本気にするな、という意味だったんだろうか、他の国でも、同じように、やっているから、本気にするな、と、そう、言いたがったんだろう。

で、そうやって、その気になってるアジア人同士が顔を合わせると、なんだか、違う。とまあ、つまり、結果として、アジア人同士が、内輪もめする、という、誰かが望む結果になってしまう。

かくして、帝国は、属国もしくは敵国を、分断して、支配する。ということがわかるように思える。

いわゆる、慰安婦問題、とされているものは、どうも、現在の彼らのテーマもしくは、「任務」なのではないかと思える。

なんで、今、50年前の、既に何回も謝罪していることについて、外国であるアメリカ議会で、韓国大統領の要請で、「日本に謝罪を求め、今後の教育を行うように指導する決議」などを行っているのか、正しく、さっぱりわけがわからない。

昔風の右翼が仮に認めていないとしても、何回も何回も謝罪して、これ以上、謝罪を求めるのは、モラルハラスメント(精神的虐待)といえる。

テレビで、毎日報道され、一年間で、恐らく500回以上は報道され、一生で、少なくとも10回くらいは、謝罪しているのに、まだ謝罪を求め、さらに、外国の政府に頼んで、それをさせようというのは、どう考えても異常としか思えない。

恐らく、彼らの得ている情報では、日本は一回も謝罪してないとか、認めてないとか、日本人全員がそうであるとか、そういう途方もない情報が流れていて、何も知らない人が、そのまま、それを信じて、ああいう法案が可決されるんだろう。

一回、ああいうものが可決されると、アメリカ的システムでは、まるで、害虫駆除の如し、完璧に、それがなくなるまで、一連の、報道や、情報操作を行うというような、壮大なプランが練られたりすることが多い。

もし、仮にそうなったら、きっと、どこかで、日本人は、耐えられなくなり、韓国と、文字通り、正面衝突するだろう。

それが、ノムヒョン大統領が望んでいることなんだろうか?

それとも、韓国も日本も、アメリカの誘導に従って、アメリカの思う方向に向かっているのだろうか?

こういうことをやるときのアメリカ人というのは、狂信的ですらあり、北朝鮮並みに恐ろしいとも思えることがある。

第二次大戦でアメリカ人が見せた残虐性、ベトナム戦争のような、人間的感覚の欠如、イラクにおける、民族的理解の欠如。

ああいうのは、本当に危険で、きっといつか、そのツケが回ってくると、いわれて、911などが起きたが、こういう議論を、全くその通りで、アメリカが悪い、というような、良心的なアメリカ人も、意外と多い。

しかし、多いといっても、全体からすると、少なそうだ。

ただ、こういった、アメリカ流の、社会コントロール、という学問は、主に政治科学(ポリティカルサイエンス)と呼ばれ、人種的な研究から、民族的特長の研究、ある国の国民の特徴(弱さ、弱点などの研究)を、総合的に、行うような、研究所さえあり、そういうところは、意外と歴史があって、20年とか30年にわたって、研究成果が、まとまっていたりするわけで、

アメリカが一回、ある国を叩くと決めた場合、そういうのが参考にされるんだろうと思う。

しかし、場合によっては、もしくは、多くの場合において、そういう情報が、100%正しいはずもなく、ましてや、20年前の情報が、今も通じるとは限らず、そういう意味で、アメリカは世界中で、そういう工作を行おうとして、失敗するか、その国の庶民から、総スカンを食らうとか、逆に殺されたりするということもあるようだ。

それでも、世界を管理しようとするのがアメリカだ。第二次大戦より前、第一次大戦以前は、イギリスがそういう役目を担っていた。

二つの大戦の間は、日本も一時的に、そういうことをやっていたが、最終的に、自滅してしまった。

日本軍も、満州国などでは、そういう、社会的人心コントロールを行って、一時的にうまくいった場合もあったようだが、そうでなかったケースのほうが多かったのか、まあ、私は知らないからなんともいえないが、少なくとも、日本も、そういう時代が、短いけれどあった。

しかし、常識で考えればわかりそうなもんなんだが、そもそも、人間様を、そういうようなやり方で、管理コントロールするというのは、実に不愉快な考え方だ。

といいながら、徳川幕府は、まさに、そういう、人心管理コントロールという意味では、かなり厳しい制度であったといわざるをえない、それどころか、完成度もかなり高い、高度な人心コントロールシステムであったといえると思う。

そう考えると、最近の、どうも、何か怪しいなと、思えるような数々のテレビ報道とか、ニュースとかでも、江戸時代ほどではないにせよ、昔と同じで、支配する側、もしくは、守る側は、必ず、そういうことをしようとする。

先日、世界中を混乱に落としいれ、恐れられ、嫌われている、と同時に、金儲けの天才であるジョージソロス氏のNHKインタビューで、最後に一言と、言われて、ソロス氏が言った言葉は、「安全」だった。

あれほどにもなると、やはり、自分の安全のほうが、ソロスならば一日で稼げるであろう、数億円よりも大事なのだ、と、そう、ソロス氏は、なんとなく、涙目っぽく語った。

守る側にとってすれば、庶民の人心コントロールは、自分の安全と、同じなのだ、とソロス氏は、惜しげもなく、明確に答えた。

さすがは、あれほどまでになる人間は、面白いことをいう。

確かに、守る側からすれば、そういうことになるに違いなく、かといって、それが、正当化されるかというと、それは、やはり、最近の世界が、答えを出しているといえると思う。

よって、ソロス氏は、新しい著書では、世界を画一的に、コントロールするような世界システムは、「安全」という意味では危険であると、911などを通じて、痛感したのか、かなり、本人としては、改心したらしい。

日本とドイツが、あまりにも素直に、人心コントロールに応じたので、てっきり、そういうものかと思って、ベトナム、イラクと、進んできたアメリカだが、そろそろ、ソロス氏と同じように、考え方を変えるときが来ているのかもしれない。

と同時に、そういったコントロールに操られる東北アジアの政治家も、いつまでも、アメリカに言われたことを、お互いにやりあいながら、すれ違い続けるという、よく見えれば、それが見えると、実に、無意味な、一連の、色々な、悲しい出来事を、もう見たくない。

しかし、人間の歴史で、いわゆる文明国とされる国では、必ず、そういうことが常時行われる。

この辺は、西洋も東洋も、同じかもしれない。

しかし、その程度が、違うというのもあるかもしれない。

ただ、どうしても、最近、そういう、発想法が、どこを見回しても、行き詰まりそうになっているように思える。

戦後の日本では、そういった、要求らしきものがあると、それらを全て忠実に実行してきたようなところがあるようだが、それは、別に、その通りにしないからといって、戦争になるというほど、真剣でないケースもあるはずなのに、何でも、馬鹿正直にやりすぎて、最近になって、しまった!と、場合によっては、自殺するような人も増えている。

何とかして、こういう、こんなになってしまった東北アジアと中国を、せめて、普通レベルくらいまで、回復できないものだろうか?

経済は、良くなっていて、ただ、貧富の差はあるのだが、、その辺、なんとかならんのか。

憂鬱だ。実に、憂鬱だ。

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